ヤマチョイ -ネットの中のヤマハ情報-港区泉岳寺の亜熱帯な事務所で働く金髪ライター兼ギタリストのヤマハchoiっす!



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共同開発で生まれた幻の名車

2007.03.15 木

2000gt02.jpgTOYOTA 2000GT

ネットサーフィン(もはや死語ですか?)をバシャバシャやってたら、ひょんなことからヤマハの意外な歴史というか、開発したものを発見しました。それがTOYOTA 2000GTなんですよ。「TOYOTA 2000GT」と聞いて「おっ!」と思う人結構いると思います。伝説のスポーツカーですもんね、しかも最初の純国産スポーツカー。あの有名な映画にも使われてるんですよね!それは

そう!007シリーズ!「007は二度死ぬ」で、ショーン・コネリー扮するジェームズ・ボンドが運転したんですよ!これによって日本の技術力の高さを世界にアピールできたわけです!
さてそもそもTOYOTA 2000GTが生まれるまでのいきさつはどうだったのでしょうか?Wikiを中心に、いろいろなサイトの情報をまとめてみます。(まとまるかどうか不安です。)

時は1960年代前半、自動車のトップを張るのはトヨタ日産、そこに割って入ろうと本田が新しく上がってきたころ、日産本田はメーカーを代表するようなスポーツカーをすでに持っていた。しかしトヨタにはなかった。これはメーカーを代表するような高性能なスポーツカーを作るしかない!ってなわけ。
はたまたヤマハ発動機はすでにオートバイメーカーとして名を馳せていたが四輪の開発も目論んでいた。そこで日産と組んで高性能スポーツカーを作るプロジェクトがスタートしていた。がしかし、何の理由かは不明だが、それが白紙になる。
そんな時にトヨタヤマハ発動機が出会うわけです。
エンジン組み立て、溶接などはヤマハ発動機、内装はヤマハ株式会社が担当。そうして1965年に試作車が完成。1967年に生産スタート。ここに幻の名車「TOYOTA 2000GT」が完成したのである!

生産は1970年まで続けられ、その間生産されたのはわずか337台のみ。これが幻たる所以である。

それにしても、今見てもカッコいいんですよね。ちょっと昔のフェラーリっぽいなぁ~なんて思ったり。今でも人気の車ですよね。当時の世界記録も沢山樹立。名実ともに世界1のスポーツカーだったわけですよ。
ロマンだ!(^o^)/

いろいろ面白いサイトも見つけたので、ご紹介、まずは21yamaha.comヤマハに関する情報サイト!その中にヒストリック・ヤマハ創刊準備号があって、そこでこのTOYOTA2000GTが紹介されてます。

そんな名車にヤマハ発動機ヤマハ株式会社の技術が入っているのはなんだか驚きであり、誇らしくもありますね!


コメント

 「公然の秘密」として、ヤマハとトヨタの関係は昔から言われてましたね。
 トヨタのスポーツ車用DOHCエンジンは一通りヤマハがかかわっている筈です。

posted by soziro 2007年03月15日 PM 05:42

soziroさんコメントありがとうございます!
そうみたいですね、僕はこの事実を知ってびっくり
しました。サスとかも何かの車に使われてたりしますよね。
四輪作ったりしないのでしょうか?ちょっと期待しちゃい
ます。

posted by けん 2007年03月16日 AM 11:17



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